笑顔の写真家である前に

写真の題材によく子供の写真を使うことがあります。
災害で家族を失い、それでも精一杯に強く生きている子供の笑顔とくれば、皆の心に響く写真となるのでしょうが、「子供や被災の写真を作品として利用するな」「結局、自分のビジネスの為に利用しているだけじゃん」などという批判の対象にもなる。しかし歴史に残る写真であることは間違いないでしょう。
かといって災害が起きる度に「よっしゃまたチャンス到来」とばかりに、何かに託けて被災地に押し掛けるようなさもしいことはしたくない。

自らの職業で沢山の義捐金が集められるタレントや音楽アーティスト、重機を扱える方々などは、自らの職業を活かしたボランティア活動ができますでしょう。
しかし、スマホやコンデジで誰でもそこそこ綺麗な写真が写せる今の時代に歓迎されない職種にありますでしょうから、何かとやり過ごしてしまう。
そもそも自分の職業を被災支援等に結び付けようとする必要は無い。
そんなときは、カメラ機材は一切持たず一人の人間としてボランティア等に身を投じればよいのだろう。
分かち合う何かがあり互いに笑顔になれればそれだけで幸せなのだ。

先日の熊本地震の際に、TVニュースでたしか「私達はありがとうの言葉が欲しくて活動しているわけではありません」とボランティアの学生さん達が言っていた。
人の為に生きたいという自分の欲望の為に活動していると言いたいのか?
言葉ではなく心のふれあいを体験する試みをしていると言いたいのか?
卒論テーマのボランティアについて実践していると言いたいのか?
何かの為にや何かを語るために行動しているのではないのでしょう。
ボランティア学生へのインタビューは、深く突っ込まず終えていました。

「年齢に関係なく悟りの境地に居られる方々が存在し行動している」と信じ、そのありがたい方々へ感謝しました。

作者 笑顔の写真家:酒井徹也

笑顔の写真家:酒井徹也

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