平成28年山王祭「祝400年天下祭」の素敵な人々

「天下祭」と呼ばれる盛大な祭り「山王祭」と「神田祭」の二つは、天和元年(1681年)、大規模な祭りを毎年行うのは大変ということで、山王祭と神田祭の本祭りが1年おきに交互に斎行されることになり、その慣習は現在も続いています。
元和元年(1615年)山王祭の神幸祭初めて江戸城内に入り「天下祭」と呼ばれ出してから平成28年で丁度400年となり、この度「祝400年天下祭」平成28年山王祭が行われました。
6月10日:直垂(ひたたれ)、狩姿、古式衣装を身にまとい600人超が氏子地区を一日かけ山車など他も練り歩く日枝神社神幸祭。歴史絵巻が都会に現れる。
6月11日:山車と糀町惣町睦統一連合渡御・宮入があり、茅場町から日本橋までを神輿が練り歩いた。そして山王下交差点から日枝神社の表参道に入り「男坂」と呼ばれる急な石段を全ての御神輿を男女の担ぎ手が力を振り絞り担ぎあげて日枝神社に参拝する「宮入」のクライマックスがみられました。
この宮入は、子供神輿も同様に宮入し急な石段を上がって行きます。
法政大学、上智大学の皆さんも参加されており、ベテランの皆さんに混じり若者も活躍されていました。
汗を流し疲れて大変なはずの担ぎ手の皆さんですが、達成感満ち足りるのでしょうかとても楽しそうな笑顔がこぼれていました。
6月12日:各町の神輿がそれぞれ町内渡御を行い、フェリス女学院大学のボランティアの方も参加されていました。
11日、12日共に神酒所などで各町会の婦人会の皆さんが協力され山王祭を陰で支えており、皆さんの温かい屑名が伝わってくる素敵なひと時でした。

◆山王祭とは

徳川時代、江戸城内に入御した御神輿を、三代将軍家光公以来、歴代の将軍が上覧拝礼する「天下祭」 として盛大をきわめ、江戸三大祭の筆頭として、さらに京都の祇園祭・大阪の天神祭と共に、日本三大祭に数えられているお祭りで、例年6月に開催されます。

◆日本三大祭

祇園祭( 京都府、八坂神社)、天神祭(大阪府、大阪天満宮)、山王祭(東京都、日枝神社)

◆江戸三大祭

山王祭(日枝神社)、神田祭(神田明神)、深川八幡祭(豊岡八幡宮)

◆糀町惣町睦会(こうじまちそうちょうむつみかい)

糀町・惣町睦会は、日枝神社氏子区域 永田町・隼町・紀尾井町・平河町・麹町・番町・九段の20ヶ町からなる祭礼組織。
山王祭の復活と隆昌が地域社会の活力と発展につながることを確信し、昭和23年(1948年)、人々の心の紐帯と地域社会の再興を願い、当時、大島義愛会長の呼びかけによって糀町惣町睦会は復活しました。

◆麹西連

正式名称:麹町西部町会連合
麹町四丁目、麹町五丁目、麹町六丁目、紀尾井町の4町会が集まる連合。

◆七ヶ町連合

正式名称:上野東部七ヶ町連合
一番町、麹町一丁目、麹町二丁目、麹町三丁目、隼町、平河町一丁目、平河町二丁目の7町会が集まり、平成22年から永田町二丁目が準会員として参加している連合。

◆糀町惣町睦会 各町会長

永田町町会 町会長:遠藤 恒夫
平川一丁目町会 町会長:関口 彌壽雄
平川二丁目町会 町会長:山口 光弘
隼町町会 町会長:奥田 英雄
麹町一丁目町会 町会長:安達 保俊
麹町二丁目町会 町会長:真柴 弘
麹町三丁目町会 町会長:根岸 進
麹町四丁目町会 町会長:笠井 清純
麹町五丁目町会 町会長:湯田 嘉彦
麹町六丁目町会 町会長:布村 定雄
紀尾井町町会 町会長:戸田 豊重
一番町町会 町会長:濱田 勝己
二番町町会 町会長代行:諸 亨
三番町町会 町会長:田中 康博
四番町町会 町会長:杉田 宗一
五番町町会 町会長:横山 義文
六番町町会 町会長:新井巌
九段三丁目町会 町会長:細内 進
九段四丁目町会 町会長:久保寺 健郎

◆小形山車

1.御幣を担ぐ猿の山車(山王神社蔵)

1948年(昭和23年)に再興し、2009年(平成21年)に60年目を迎えた糀町・惣町睦会が、最近発見された「御幣をかつぐ猿」の山車人形を氏子が譲り受け、日枝神社へ奉納した。
人形は、かって、四谷須賀神社祭禮の四谷伝馬町に伝わるもので、 江戸末期の作とされる。四谷須賀神社は、神田明神摂社である大伝馬町八雲神社の分霊を祀った神社で江戸時代は日本橋大伝馬町と関係があった。
「猿」は、日枝神社の神様のお使い。また、「猿」の山車は、江戸時代の山王祭・神田祭では、二番山車でどちらも南伝馬町(現京橋)が出していた。

2.美少年の山車(山王神社蔵)

山車は、構内牽引車に引かれて巡行する。

3.干支の山車(山王神社蔵)

江戸時代の附祭の曳物。その年の干支の動物を飾る。表絵:寅、裏絵:卯。

4.花山車(山王神社蔵)

大きな造花の花山車。神幸祭で女性が曳く。

5.諌鼓鳥の山車(日枝神社蔵)

山王祭の諫鼓鳥の羽根の色は、青黄赤白黒の五彩。神田祭の場合は白。
山王祭の神幸祭で巡行する。

6.牛若丸の山車(九段三丁目蔵)

1930年(昭和5年)頃制作。戦災で一部焼失、戦後、台車・人形とも復元。
太鼓の上に笛を吹く牛若丸の人形、前に雌雄の獅子頭を飾る。
全高:6m、全幅:2m。

7.牛若丸・弁慶の山車(九段四丁目蔵)

大正時代に作られた初代の山車は、戦災で焼失、1952年(昭和27年)に浅草・宮本重義制作、1994年(平成6年)修理。
人形は、五条大橋の弁慶と牛若丸で1957年(昭和32年)に人形作家・平田洋光らにより創作。
太鼓の上に人形を飾る。
九段四丁目は、日枝神社の北端の氏子であるが、祭りが盛んな町風。江戸時代は、下級武士の町であったため祭りに対する意識は薄かったが、明治期に入り商家が増え盛んになった。大正時代の山車があったが、空襲で焼失したため、新宿伊勢丹から「布袋」の人形を譲り受けたりしたが、現在の山車は昭和27年に初代の面影を踏襲して完成した。当初は、牛に曳かせて巡行していた。
全幅:1.8m、全長:2.3m、太鼓径:82cm。

8.東郷元帥の山車(三番町蔵)

東郷平八郎元帥の屋敷が三番町内にあっため、1950年(昭和25年)制作。
人形は、軍刀を持った東郷平八郎。東郷平八郎は、薩摩藩士出身の海軍大将・元帥。日露戦争では、連合艦隊司令長官に就任し、日本海海戦ロシヤのバルチック艦隊を破り国民的英雄となった。後、伯爵。(1847~1934年)全高:4.5m、全幅:1.8m。

麹町わが町情報館
九段商店街振興組合

作者 笑顔の写真家:酒井徹也

笑顔の写真家:酒井徹也

コメント (2)

  1. Atukoカメ

    私も山王祭に行きましたが、酒井さんにお会い出来ずに残念でした。
    何時かどこかでお会いできることもあるかと。

  2. 笑顔の写真家:酒井徹也

    Atukoカメ様
    当日は移動しながら撮影してましたのでほとんどの方は分からなかったと思います。
    何処かでお会いできます機会がありましたときには、何卒よろしくお願いいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれないコメントは投稿できませんのでご注意ください。